2005年11月12日
 

午前中、打合せを行い、終了後新神戸駅に移動。14:12分発の博多行きの新幹線に乗りました。大学時代の旧友に会う約束があり、予定時間に合流。その後飲んで食べてすっかり遅い時間となりました。私のリクエストでもう1件だけ友人たちにお付き合いして貰いました。箱崎宮近くにあるバー「天井桟敷」に0時過ぎに到着。ここは、学生の頃よく訪れた場所です。江戸時代の商家を改修した造りで、以前と殆ど変わりがありませんでした。道路に面した木製の面格子、中に入ると土間があり、奥に坪庭を見る事が出来ます。階段を上がると吹抜けに面した2階席があり、むき出しの松の梁の架構が建物の古さを感じさせます。何時も居られたオーナー夫妻に会う事も期待していましたが、既に経営者は変ったとの事でした。ここに来ていた頃は15年ほど前の事です。仕方がないほどの時間が経過しています。久々の展開で、ホテルへの帰りは深夜2時過ぎになってしまいました。

2005年11月13日
 
朝、早めに起床し、身支度を調えました。今回のもう一つの大事な用事である従妹の結婚式へ向かいます。
博多駅までの道に、西日本シティ銀行(設計:磯崎新)があります。通常、博多駅を降りると正面を見る事が多いはずですが、今回は裏からの写真を撮りました。磯崎氏の作品の中で最も好きな時代の作品の一つです。


若干時間が有ったため、大濠公園近くにある大村美容専門学校(設計:高松伸)を見学。シンプルな形態を大きく使ったファサードのため、スケール感が掴みにくい感じです。同じような感覚を、パリの新凱旋門にも持った事があります。インパクトのある建築で完成後の様子が気になっていましたが、特に手が入れられた様なところはなく、設計者の意図のまま使われているようです。


親類の車に乗り、一路伊万里へ。途中、福岡ドーム、ネクサス百道、を横目に見ながら車は進みます。それにしても福岡の風景はすっかり変わっています。東に町がスプロールしていると見ていましたが、西の沿岸も全く違う風景です。聞くと海外からも資本の投入が有り、街が作られ、インフラが整備されといった感じでしょうか?
この日も披露宴で、飲んで食べての1日でした。

2005年11月14

 
朝より高速バスで福岡市内に移動しました。JRを使い千早駅へ。シャトルバスに乗り開催中の「アイランド花どんたく」へ向かいました。会場内に伊東豊雄氏設計のテーマ館があり、早速エントリーしました。模型写真は以前見た事がありましたが、模型そのものが伊東氏を紹介するコーナーに置かれていました。軽やかで、自由な形態を表す模型、だったのですが、具体的な建築は、建物の性格上、外部の開口部はトップライト、カーテンウォールで覆われ、屋上の庭園には屋根面から浮いてしまった遊歩廊、内部は多くの植栽や間仕切壁に視界が閉ざされ、前述の感覚が体感できませんでした。閉幕後の利用で、より開放的な空間が想定されているのかもしれません。


会場を後にし、比較的近い位置にあるネクサスワールド附近でバスを降りました。学生時代、某設計事務所でアルバイトをしていた時に、幸運にも当計画の基本設計時の図面を見る事が出来ました。各棟の平面を全体の配置図に落とし込んだものを元に、パソコンソフトで日影図を入力する作業でした。その図からこのような建築群をイメージは出来ませんでしたが、プランの異質さに驚きをもって見ていました。卒業直前にネクサスワールドは完成し、全棟を一般公開されていたので、見学に行きました。これも今から考えると購入予定などない私たち学生も自由に入れましたので、企画・オーナー側の寛大な対応だったように思います。と、色々な思いがあり、今回、再度14年ほど経過した状態を見てみたいと思ったのが理由です。
まず目に入ってきたオスカー・トゥスケ棟は改修中で足場が掛かっていました。時期的には大規模改修が有ってもおかしくないタームです。


お隣のクリスチャン・ド・ポルザンパルク棟は以前の姿のままそこにありました。白いボックス状の建築、打ち放しコンクリートに黒御影石を埋め込んだ全体が岩のような建築、和室のある黄色い塔状の建築と言う3棟の構成だったともいます。完成当時、一番異質さを感じた棟でした。塔状の建築の和室は四方に解放的過ぎた記憶があり、現状を見たかったのですが、奥には入れないため良く分かりませんでした。それ以外の部分は以前のままのインパクトを保っています。


石山修武棟:プランが弧を描き、更に外装や屋根に金物を多用した複雑な外観です。当時も、難しい形である事は認識していましたが、やはり印象は同じでした。震災の影響でしょうか、クラックが目立ち、何となく草臥れた印象を持ちました。


マーク・マック棟:ネクサスワールドのもう一つの交差点に位置し、オープンな広場や、1.2階を店舗としているため、最も活き活きとした印象です。外壁は一度塗り直したのでしょうか?当時のままの色が鮮やかで、朱色が目に染みるようでした。オーソドックスなプランだったように思いますが、住みやすそうなマンションです。


レム・コールハス棟:完成当時の内覧会で、最も印象に残ったのがこの建築でした。その頃、レム・コールハスという建築家を良くは知らず、外観にも特に惹かれなかったのですが、中に入ってあっと驚かせられました。プランは縦に3層のメゾネットで、最上階から明るい光が差し込んでいました。ファサードの経年変化が気になっていましたが、黒塗りの石調のテクスチャ部分で若干色落ちが見られましたが、大きな変化はありません。名建築の力強さを感じずにはいられません。


スティーブン・ホール棟:幾つかの棟が道路の曲線にあわせて並置され、共用廊下でつなぐ構成だったと思います。こちらも、エントランス、1階店舗のファサード等、ほぼ当時のままのように感じました。今も棟と棟の間の中庭には水が張られているのでしょうか?その風景は道からは見えず、居室から見ると水の上に建物が建っているような印象を持っています。

当時のデザインの推移と、その14年後の姿を確認できた事は大変良い収穫であったように思います。

バスで移動し、博多小学校(設計:シーラカンスK&H)附近で降車。降りた附近で気になる建物があった為、足を止め写真を撮りました。


後で調べると、マイケル・グレイブス設計の呉服町ビジネスセンターでした。竣工は2004年の様です。今回福岡の町を見て思った事があるのですが、ルスティカのあるルネッサンス/ポストモダンの建築が多い様に感じます。マイケル・グレイブスはポストモダンの旗手的な存在です。なぜ今?という感じもします。福岡の大規模開発はほぼ1社のディベロッパーによって行われています。若しくはそのディベロッパーの趣向かもしれませんが、それを受け入れる土壌、つまり市民の趣向も無くては成立し難いと考えます。後に紹介するアルド・ロッシのイル・パラッツォ、ジョン・ジャーディのキャナルシティ博多など、もしかしたら福岡の建築のローカルティが現れて来たのかも知れません。


博多小学校は隣地の建物に囲まれて、外から建物の全容を見る事が難しい状況です。正門や裏手の門まで行きましたが、アポイントも取っていないため、昨今の学校のセキュリティーの問題から近づき難く、結局詳しく見る事も無く立ち去りました。

更にバスを使い天神附近で下車。アクロス福岡(設計:エミリオ・アンバース)を目指しました。

建築は大通りと公園の間に位置しホール、オフィス等の機能を有しています。写真左は大通りから、右は公園から。竣工から10年が経過し、階段状に植えられた樹木が育ち、竣工時と異なった様相でした。設計時のコンセプトをよく反映出来ているのではないでしょうか?


今回、最終スポットとして、イル・パラッツォを目指しました。1989竣工で、当時良く訪れました。大学卒業後、帰省の際一度宿泊しましたが、エントランス、室内まで良くデザインされていたことを思い出します。今のところ福岡市内で最も好きな建築です。ロケーションから基壇を設けてホテルを切り離し、窓の無いファサードが印象的です。基壇に登りしばらく建物を見上げていました。スケール感が素晴らしく、洗練されたデザインです。エントランスの印象も以前と変わりないように思います。

今回、以前見た建築、新しい建築、変わり行く都市を福岡で見る事が出来ました。印象の変化や建築を見る視点も若干変わっていた様で、うれしく思いました。また福岡の都市の変化は激しいものが有ります。郊外へのスプロール、市街地の再開発、湾岸エリアの開発が同時に起きており、そのスピードに付いていけないと言う感じです。私にとって、その象徴が、母校の移転といえるのかもしれません。